| 沖縄の本土復帰の日を沖縄の若者が知らなかった、あるいは関心を持っていない…。沖縄県にある私立大学の中で行われたアンケートでそんな結果が出たという。沖縄県には在日米軍基地の約75%が集中する。その基地が姿を消した時こそが県民にとっての真の復帰か、それとも当世の政治無関心のなせる業なのだろうか▼基地移転がいくらかでも進み、通称「ゾウのオリ」の解体も印象的ではあったが、米軍兵士が絡む事件は後を絶たない。事故の危険性も相変わらずだ。日本の安全保障の必要性を理解し、基地が経済の一面を支えている現実を不本意ながら受け入れてきた沖縄県民の心情は察するに余りある▼ただ、果たして本土復帰を心から喜ぶ土壌は育ってきたのかは気になるところであり、迷惑施設を抱える見返りとしての「交付金漬け」が最も育むべき自治の芽を摘んでしまったと考えるのは悲観的すぎるか。ただ、これは沖縄に限ったことでもないが…▼沖縄が本土復帰した36年前の子年は激動の時代だった。連合赤軍の浅間山山荘事件、日中国交が正常化し最近話題のパンダが初めて日本にお目見えした。後のロッキード事件の引き金となるトライスター機の導入が、時の田中総理とニクソン大統領の会談で話題にのぼった▼分割占領を逃れGHQの手を離れ、基地条件を飲み込みながらも講和条約を急いだ時代、政治家は「次の時代」を考えていた。平和を願って「日本の独立」を優先させた。この条約に基づいて沖縄は復帰したのだが、先人に果たして今の日本の姿はどう映っているのだろう。 |