| 高齢者、とりわけ一人暮らしの高齢者の安全を見守ろうという取り組みがあることを小欄でも紹介したが、裏を返せばそれだけ現代は「向こう三軒両隣」といった付き合いが薄れてきたという証左だろう▼郡市でも田んぼや畑の共同農作業を指す「かちゃあ」「かちゃり」という郷土の言葉が復権して久しい。濃密な人間関係とまではいかなくても、ちょっとした声かけ、気遣いができるお隣さんとの付き合いが再構築されたら喜ばしい限りだ▼しかし最近は言葉が先走りしている気がしてならない。助け合い、思いやり、やさしい、安全、安心、連帯、共生…。そんな言葉が氾濫している。中でもひっかかる言葉は共生か▼手元の辞書では「異種の生物が緊密な関係を保ちつつ、互いに利益をうけながら、あるいは一方だけが利益をうけるかたちで共同生活をすること」とある。例えば「住民の共生を考える」といった使われ方には釈然としない▼そんなに目くじらを立てなくても…と言われそうだが、共に生きる姿には片方に利益のある「寄生」も含まれるわけで、弱者を食い物にするエゴが「共生」の裏に潜んではいないかという懸念だ。考えすぎだろうか。 |