| 30日朝からの大雨によって郡市では広く水による災害が相次いだ。農地は濁流に飲み込まれる。五木村の頭地は孤立。沿岸道路や国鉄肥薩線、湯前線が不通。停電。家屋や橋は相次ぎ流出。そしてがけ崩れで死者も。その暴れ川がようやく鎮まった後は日に日に深刻な被害状況が明らかに▼昨年の小欄でも触れたが、きょうは郡市民にとって忘れられない災害のひとつ「七・三水害」から44年。毎年のように梅雨に、とりわけこの日に前後しての雨の降り方には小子も警戒心を抱かせられるようになって久しい▼防災のための河川改修のため近くにもそれまで長年居住していた土地をやむなく手放した人がいる。ダム計画に翻弄され続けてきた五木村の住民と程度の差はあれ似たような苦渋と決断は下流域の各所にもある。郷土の昔話でも知られるように川との戦いの歴史は長く数多い▼ひとたび大雨が降ると川を渡ることもできず、家屋は流され、せっかく架けた橋も幾度となく流される。その一方、川は魚などを育み、豊かな恵みを与えてくれ続けた。洪水も見方を変えれば有り難い肥沃な土壌をもたらしてくれたともいえよう▼「ほどほど」であれば自然の恩恵は大きい。雨が多い少ないと議論しても年間の降水量はあまり変わらなかったということもある。何事も「異常気象だ」と騒ぎ立てる風潮には首を傾げたくなるが、自然との「共生」の必要性があちこちで語られる現代。その自然の「ほどほど」を生かせるか、人間の調整力が試されているかのような環境ニュースばかりである。 |